2025年には高齢者の5人にひとり、国民17人にひとりが認知症になると予測されています(参考:東京都健康長寿医療センター研究所「認知症と共に暮らせる社会をつくる」)。認知症は症状が進行すると精神的、身体的、社会的な問題が発生し、ひとりで生活を続けることが困難になります。
もし自分の親が不動産を保有したまま認知症になってしまったら、どのようにすれば不動産を売却できるのでしょうか。認知症の親が所有する家を売却する方法や手続きについて解説します。
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親が認知症になると家を売ることができない
生命保険文化センターが2021年度に実施した調査によれば、過去3年間に介護経験がある人に介護費用を聞いたところ、リフォームや介護用ベッドの購入などにかかる一時費用の平均が74万円、月々かかる費用は在宅介護で8.4万円、施設での介護で12.2万円がかかっていました(参考:生命保険文化センター「介護にはどれくらいの費用・期間がかかる?」)。
これだけの介護費用を捻出するには、親の家の売却を検討する必要があるかもしれません。しかし、親が認知症になってしまうと、所有する家の売却はとても困難です。
認知症で意思能力のない売買契約は無効
法律では「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」(民法第三条の二)と定められています。
意思能力とは、自らがした行為の結果を判断できる能力のことです。未就学児や泥酔者、重度の精神障がい者は意思能力がないとみなされます。意思能力がない人には、認知症の患者も含まれます。そのため、認知症の親が不動産を売却する契約自体が無効とされてしまうのです。
認知症の度合いで判断が異なる
認知症の度合いによっては、不動産売買が可能になるケースがあります。不動産適正取引推進機構のレポートでは、認知症の高齢者と不動産取引を行う際のポイントを4つ挙げています(参考:不動産適正取引推進機構「認知症患者の不動産取引をめぐる最近の判例動向」)。
- 医学上の認定
- 不動産契約を理解できる判断能力
- 不動産取引の合理性
- 高齢者にとって不利な取引か否か
過去の判例を見てみると、医学上、認知症であると診断されたとしても、不動産契約の内容を理解していれば、取引は有効とされています。しかし、売却価格が安すぎたり、高齢者にとって著しく不利な内容だったりすれば、取引は無効とみなされます。
成年後見人制度を利用すれば不動産の売却が可能
重度の認知症になってしまい、意思能力がないとみなされてしまうと、親が所有する不動産を通常の方法で売却することはほぼ不可能です。
しかし、成年後見制度を使用すれば、不動産の売却が可能です。成年後見制度については、次項から解説します。
成年後見人制度とは
成年後見制度とは、認知症や知的障害、精神障害などにより、本人ひとりで物事を決めるのに不安、心配がある人が利用できる制度です。
ひとりで生活していて、知らない間に高額な買い物をしていたり、キャッシュカードの暗証番号が思い出せなくなったりしていたら、成年後見制度を検討してもよいかもしれません。成年後見制度の詳しい内容を見てみましょう。
成年後見制度の仕組み
成年後見制度は認知症や知的障害、精神障害によって判断能力が不十分な人をサポートする制度で、高齢者や障がい者の意思決定を支え、暮らしと財産を守ります。
成年後見制度で選ばれた成年後見人は、銀行や証券会社の手続き、不動産の売却、遺産分割、介護サービスの契約などを支援します。同時に、詐欺被害や親族による財産の使い込みなども防ぎます。
法定後見人制度と任意後見人制度の違い
成年後見制度には法定後見制度と、任意後見制度の2種類があります。法定後見制度は家庭裁判所に後見人を選んでもらう仕組みで、任意後見制度は本人が自分の後見人を指名して契約する仕組みです。
本人が十分に判断能力を持っているのであれば、任意後見制度を利用して任意後見契約を結びます。そして、公証人立会いで「任意後見契約の公正証書」を作成します。
すでに本人の判断能力が不十分な場合、法定後見制度が適用されます。法定後見制度は家庭裁判所が後見人を選定します。法定後見制度の場合、サポートを受ける人の判断能力によって、サポートの内容が異なります。
補助 | 判断能力が不十分な人をサポート。軽度の認知症、知的障がい者が対象 |
保佐 | 判断能力が著しく不十分な人、中度の認知症や知的障がい者が対象。不動産や車などの大きな財産の売買には保佐人の同意が必要 |
後見 | 常に判断能力が欠けている人、重度の認知症や知的障がい者が対象。成年後見人が財産を管理 |
法定後見制度の流れ
法定後見制度を利用する流れは以下のとおりです。
- 医師に診断書を作成してもらう
- 必要書類をそろえる
- 申立書類を作成する
- 家庭裁判所へ後見開始の申立を行う
- 審理、審判を行い、サポートの類型、後見人を決定する
- 東京法務局で後見の登記がされる
手続きを踏むことで、法定後見人が選任されます。
認知症の人が成年後見制度を利用するメリット
成年後見制度の主なメリットは以下のとおりです。
- 詐欺や不要な契約を防げる
- 本人の財産を保全できる
- 介護施設と契約できる
- 認知症の人の不動産を処分できる
特に不動産を処分できる点が、大きなメリットでしょう。不動産を売却するには所有者本人の意思確認が必要ですが、成年後見人を選任することで、本人に代わって不動産の売買契約を結べるようになるためです。
成年後見人制度の注意点
不動産売買における、成年後見制度の注意点はふたつあります。ひとつは専門家を成年後見人として選任すると報酬を支払う必要があることです。管理財産の額によりますが、月に数万円の報酬が発生します。
もうひとつは成年後見人の選任まで時間がかかることです。家庭裁判所で選任手続きを進めるのですが、かなりの手間と時間が必要です。
成年後見制度を使って家を売る方法
認知症の親の不動産は、成年後見制度を利用することで売却できます。成年後見制度を利用して、家を売却する方法を紹介します。
成年後見人の選任申立
まず、家庭裁判所に成年後見人の選任申立をします。申立ができるのは、本人や配偶者、4親等内の親族、検察官などです。家庭裁判所が申立書を受理したら、審理がはじまります。
家庭裁判所は本人や申立をした人、親族に事情を確認するほか、必要であれば医師の鑑定も行います。親族間の争いの有無などが確認できたら、法定後見人が選定されます。
申立から法定相続人選定の審判が確定するまで約2カ月必要です。審判が確定したら、家庭裁判所が法定後見人を登記します。
不動産会社と媒介契約を結ぶ
仲介を依頼する不動産会社を選んだら、媒介契約を結びます。媒介契約とは不動産会社が不動産売買契約の当事者の間に立って、売買契約が成立するようあっせんする契約のことです。
媒介契約を結ぶ際に、不動産会社が売却物件の査定を行います。査定価格は不動産会社によって異なるため、なるべく高く売却したいのであれば、複数の不動産会社に査定を依頼しましょう。
裁判所に売却許可を得る
住宅などの居住用物件の売却には、裁判所の許可が必要です。裁判所に対して「居住用不動産処分の許可の申立て」を行い、裁判所の許可を得ましょう。
もし、この許可を取らずに売却してしまうと、売買契約が無効になってしまいます。居住用以外の不動産については、裁判所の許可がいりません。
買主と売買契約を結ぶ
売主と買主の間で値段の折り合いがつき、裁判所の許可が下りている状態であれば売買契約を結べます。契約時は成年後見人などの法定代理人と買主、媒介契約を結んだ不動産会社の担当者が立ち合い、内容を確認したうえで署名・押印をします。
これで不動産の売買契約が結ばれます。後日、法定代理人、買主、不動産会社、司法書士などが金融機関などに集まり、住宅売却の決済が行われ、売却が完了します。
本来、住宅を売却できるのは本人だけで、他人が代行することはできません。しかし、認知症になって本人に意思能力がなくなってしまった状態でも、住宅売却をしなければならないことがあります。その際は、司法書士などと相談のうえ、成年後見制度を活用しましょう。
成年後見制度を使用すると、成年後見人の判断で不動産の売却が可能となります。認知症は決して他人事ではありません。いまのうちに、不動産の売却方法について知っておきましょう。
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